偶然のお土産

旅の最中にある必然の出会いの中に、ふと、偶然の出会いが紛れ込むことがある。
今年の春に起こったそれは、ヒエロニムス・ボスの祭壇画との対面であった。

ヴェネツィアのアカデミア美術館。
そこにあったのが『聖女の殉教』という三連祭壇画である。

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『聖女の殉教』ボスが貼り付けの女性を描くのは珍しい

本来はオランダのシント・ヤンス聖堂の祭壇にあったのではと云われており、その後ヴェネツィアの貴族であるグリマーニ邸に飾られていたらしい。
なぜヴェネツィアに渡ったのかは謎であるが、その後もドゥカーレ宮で祭壇画として飾られていた。
それからはウィーンへと移動することとなり、なぜかまたヴェネツィアに戻ってきたのだが、火災の損傷もありその後はなかなか見られることがなかったものである。
修復後グリマーニ美術館が所蔵し、公開しているとは聞いていたが、ここで急に現れるとはまさに思ってもいない出会いだった。
修復を終えた記念に巡回展がささやかに開催されていたらしい。

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彼の場合は人生そのものが謎に包まれており、これだけの知名度がありながら作品数もダントツに少ない。25点の油彩画と8点のデッサンだけが現在認められているが、それだけだ。
それもボスに出会えた驚きの理由の一つである。

ボスは画家の一族に生まれ、画家になるべくしてなった。(一族の描いた絵画作品は一つも残っていなのだが)
裕福な女性と結婚したこともあり、お金には困らずただただ好きな絵を描き続けたと云われている。
絵だけを見れば変わり者のようだが、敬虔なキリスト教信者でありモラリストでもあった。絵の細部にキリスト教にまつわる事物が散りばめられていることは、それをよく物語っている。
彼のことは他人の記録か公の記録しか探る方法がないので、議論の範囲での情報が多い。ボスがどんな人生を生きていたかは年代も含めわからないことだらけである。
そのため描いた内容にしても解明されず、未だ多くの議論が渦巻き続けている謎の人物の代表格である。
ただそれは今になっても尽きない話題として人々が思考を巡らすのだから、今後もこの画家は忘れられ古びることはないのであろう。

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アカデミア美術館 中庭

旅に出る時、観たい絵画、彫刻、教会と調べてそこに向かうことは多い。
なのでそれらは決められた出会いであり、必然として目の前に現れる。
それは長く待ち望んだ瞬間で、対面するまでの学びや想像の答え合わせをする大切な時間である。
ただ稀に、このボスのような突然の予期せぬ出会いはその旅に思わぬ楽しみを与える。
その瞬間の驚きもいいものだが、日本に帰ってきてからの調べ考える時間は最高のお土産である。
特にこんなにも謎めいたことだらけの彼であればなおさら、いつまででも楽しめる。

この出会いに感謝しながらも、また次に起こるであろうその偶然がもうすでに待ち遠しい。
ただそれはきっと忘れた頃にやってくる。
なので心の隅に期待を隠しておかなくてはならない。

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アカデミア美術館 Galleria dell'Accademia di Firenze
開館時間|8:15-18:50
休館日|月曜


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