命名に共通する小さな悪意 -ロマネスクとゴシック-

普段私たちの使用している何気ない用語には、過去の人々の小さな悪意が潜んでいることがよくある。 
妬みやプライドがそれらの言葉を作り出すのだが、その事実は薄れ意味を除いたその言葉単体で人々に認知されているのを目にすることは多いのだ。
実は教会の様式をあわらす『ロマネスク』や『ゴシック』もその一つである。

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『ロマネスク様式』の由来から見ていきたいと思う。

これはウィリアム・ガンという人が本の中で記したのが始めとされている。
ローマ人は自らを『ロマーノ』と呼ぶのだが、長くローマで暮らしていても出自が定かではなく、ローマ人として認められないものは『ロマネスコ』という烙印を押されていた。
それを語源とし、語尾にイタリア語で『〜風』という意味の『〜esco』を付け加え『ロマネスク様式』という言葉が広まっていく。
いわゆるローマ風建築という意味だが、ローマ建築のふりをしているが出自が定かでない建築、『ローマーもどき』を意味する言葉である。
この建築を認めないとする悪意が隠すことなくこもっている。
ただ悪意は人々には魅力的な話の種となり広く広まっていくのだが、。

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ゴシック様式』の由来はこうだ。
12世紀の半ばが今でいうゴシックの始まりになるのだが、その頃は『現代様式』と言われていた。( 確かに今の時代のものを私たちも現代アート現代建築などとくくっているのだから何年も経った後にはまた違った名前がつくのかもしれない。)
その後13世紀のドイツでは『フランス様式』と言われ、15世紀、16世紀のイタリアの文化人たちの間でやっと『gotico (ゴチコ)』というゴッシクの由来となる呼び方が広まっていく。
この語源に問題がある。
『gotico』とは『ゴート人の様式』を意味するのだが、このフランス発祥の様式についてイタリア人の軽蔑の意が込められているのだ。
実際はゴート人とはスウェーデン南部に住むゲルマン民族の1種族であり、フランス人とは全く関係がない誤認でもあった。ただこの様式への軽蔑心からかイタリアを発祥にその呼び名は広まっていく。
悪い噂というのは今も昔も本当に広まりやすいのだ。

他にもいろいろなところで悪意のある言葉が定着している。
有名なもので言えば『印象派』もそうである。
モネが自ら名付けた『印象』という名の絵画を見た批評家ルイ・ルロワが、確かに印象を捉えただけで壁紙よりもひどいと、雑誌内で『印象主義者の展覧会』として酷評した。
今ではその印象の美しさが良しとされるが、当時のアカデミックが主流であった頃にはバカにする言葉としてはぴったりだったのだ。

どれもそうであるが、その後も悪意のない言葉へとは変えず、その言葉を当然のように使い続ける。
可笑しな念でも入っていそうなものだが、それを表す言葉として定着し時代を超えても愛され続けるのだから、皮肉なものである。
逆にその名前があったからこそ、一つの認識として人々の間で長く伝わることを可能にしたのかもしれない。
そしてそんな想いを含むからこそ、歴史として、物語として記録となって語り継がれるのである。
そんな過去を伝える術ともなった彼らの悪意に、少し感謝をしなくてはいけない。